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悠々自適な日々を目指す

波音に抱かれながら眠りにつくような生活を夢見るブログ

【SS】さよなら、箱の中の夢

お題「卒業」


Photo by ぱくたそ

 

 もういい加減「過去」の記憶にしようと思う。

 目の前で、撫でるような風に合わせて穏やかに海面が揺れている。雲一つない青空から降り注ぐ光は、残酷なほどに優しい。

 突然終わりが訪れた時、元来の強気で意地っ張りな性格が功を奏して、あっさりと引くことができた。
 今まで使っていた携帯を次の日には新しくしてしまうくらいに、その時の私は割り切れていた。

 ――割り切れたと、思い込んでいた。

 古い携帯を捨てられない私がいた。友人や知人のデータ、大切な写真、必要なデータをすべて移して、あとは跡形もなく消去するだけなのに、できない私がいた。
 機種変更ではなく新規契約を選んでいた時点で、思い込みが本音を覆い隠していたのだろう。

 気づくと、見たくもなかったはずの写真を眺め直している私がいた。
 メールを打とうとしている私がいた。
 電話だけは、かけられなかった。――最後の砦を、崩されそうな気がしてならなかった。

 もはや笑うしかなかった。強気な性格はどこへ行った?
 結局は現実を認めたくなくて、諦めたくなくて、まだ可能性があると欠片も残っていない可能性に賭けようと足掻いていただけなんだ。

 私のどこがいけなかったの?
 なんで何も教えてくれなかったの?
 他に好きな人ができたから?

 意味を失った疑問をぶつけたい。いっそ電話してしまおうか。
 あと少しで爆発しそうになった気持ちは、ふいに萎んだ。

 ――私とよく歩いていた街中で、別の女性と肩を並べている姿を見かけてしまったら、それが答えのようなものじゃないか。

 人懐っこさを覚える笑顔は、かつての私にもよく向けてくれていた。それが私ではない女性のものになった時点で、希望はない。

 

 だから私は前を向く。
 背を向けそうになる弱気な私に鞭打つ覚悟で、前に進まないといけない。
 夢に浸る時間は終わったのだ。

「……さよなら」

 あのひとのデータだけが残った携帯を一度強く握りしめたあとに、渾身の力を込めて水平線へと放り投げた。