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悠々自適な日々を目指す

波音に抱かれながら眠りにつくような生活を夢見るブログ

【SS風】才能のせいにするのは楽なのか、苦なのか

創作 創作-短編小説

*SS風に書いてみました。作中にいるのは、「にじいろ」という名前の誰かです(ということにしておいてください←)*


Photo by イラストAC

 

 漫画家になりたいという夢があった。

 中学生の頃である。ゲームや漫画に興味を持ち始め、好きなキャラクターについて友達と盛り上がる、なんてことも増えてくる時だ。

 絵の上手な友達が、周りに何人かいた。

「このキャラクターの絵描いて!」と、自分や他の友達がお願いすると、さっと描き上げてしまう。間違いなく、自分達の中で最も影響力のある子達だったと思う。

 羨ましいと思った。

 偶然にも、自分は小説を書く楽しさに目覚めていた。小説を読むのももちろん好きだったが、直接的でわかりやすい漫画の魅力に当時の自分が勝てるはずもなく、「漫画も描けたらなんて素晴らしいだろう」と、欲張りな願いを抱いていた。

 小説だって下手なりに書けるようになってきたんだ、漫画だって同じようにやればいけるはず。そう信じてやまなかった。

 それならまずは、人間単体を描くところから始めよう。

 好きなキャラクターの一枚絵を探して、模写をしてみた。想像では「ああいうポーズが描きたい」「こういう表情が描きたい」とあるのだが、なかなかその通りに鉛筆を走らせることができなかったので、真似をして感覚を掴むのが大事だと考えた。

 当たり前だが、模写はうまく描けた。
 模写でも、「絵を描ききれた」という達成感に胸が震えた。

 そこから模写を何度か続け、自分の中で何となく感覚を掴めた気がしたので、いよいよオリジナルのイラスト描画(顔だけ)に挑戦した。
 最初に比べて、鉛筆がスムーズに走る。ぎこちなさはまだ残っているし、模写とは比べものにならないほどバランスも悪い小学生並みの出来だが、想像の絵を紙面に表現できるようになったのが嬉しかった。

 大丈夫。練習すれば、友達みたいに描けるようになる。

 目の前が少しずつ明るくなってきたような気持ちになった。
 でも、壁にぶつかってしまった。ぶつかったきり、超えることはできなかった。

 身体が、ポーズが、全く描けなかった。

 全くイメージ通りに鉛筆が走ってくれないのだ。棒立ちの全身絵を描いてみても、ひどくアンバランスで気持ち悪い。何度描き直しても、結果は変わらない。ポーズを変えて描いてみても、結果は容赦なく自分を打ちのめしにかかる。

 顔はまだ成果が表れている方だった。左向きの顔が一番しっくりと描けて、完全横向きも練習を続ければもっとしっくりいくだろうと予想もしていた。他にもいろんな角度を試してみていた。

 けれど、首から下は全く上達しなかった。
 絵の上手な友達とつい比べてしまい、ショックを隠せなかった。アドバイスももらったりしたのに、活かせることができなかった。

 気づけば、「漫画も描けるようになる」目標は自然消滅していた。「自分の小説のキャラクター設定用に、軽く描けるようになっていればいいや」にすり替わっていた。それも最初からなかったかのように消滅して、いつしか絵自体を描かなくなっていた。

 今思えば、顔がたまたま(それでも少し)うまくいったからと調子に乗っていたからかも知れない。そこを乗り越えて、小説のように淡々と練習を重ねていれば一枚絵くらいは描けるようになっていたかも知れない。

 ――ああ、才能がないんだ。

 こんな言葉が浮かんだ瞬間に、夢は夢のままで終わってしまったのだ。

 

 今でも時々、この時の思いが頭をもたげて、どうにも説明できない気持ちがじんわり広がることがある。羨ましいと思うことさえある。そんな自分がどうしようもない人間に見えて、落ち込むこともある。
 それでも、漫画家になりたいという夢は決して持たないだろう。


Netflix火花お題「夢と挫折」

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