以下の文章の中にひとつだけ正解のリンクが紛れ込んでいます。
堀川の大殿様(おほとのさま)のやうな方は、これまでは固(もと)より、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。噂に聞きますと、あの方の御誕生になる前には、大威徳明王(だいゐとくみやうおう)の御姿が御母君(おんはゝぎみ)の夢枕にお立ちになつたとか申す事でございますが、兎(と)に角(かく)御生れつきから、並々の人間とは御違ひになつてゐたやうでございます。でございますから、あの方の為(な)さいました事には、一つとして私どもの意表に出てゐないものはございません。早い話が堀川のお邸の御規模を拝見致しましても、壮大と申しませうか、豪放と申しませうか、到底(たうてい)私どもの凡慮には及ばない、思ひ切つた所があるやうでございます。中にはまた、そこを色々とあげつらつて大殿様の御性行を始皇帝(しくわうてい)や煬帝(やうだい)に比べるものもございますが、それは諺(ことわざ)に云ふ群盲(ぐんもう)の象を撫(な)でるやうなものでもございませうか。あの方の御思召(おおぼしめし)は、決してそのやうに御自分ばかり、栄耀栄華をなさらうと申すのではございません。それよりはもつと下々の事まで御考へになる、云はば天下と共に楽しむとでも申しさうな、大腹中(だいふくちう)の御器量がございました。
――芥川龍之介『地獄変』(青空文庫)より引用